ご案内


ようこそクスクリ小説にお越しくださいました。ありがとうございます。

8年間ヤフーブログをやってきました。私は大学生の頃から趣味としての精神的支柱がないと生きて行けない人間です。

安月給なのに、「ミス・イコール・死」の覚悟で数十年仕事を続けてきた私は、物語の登場人物たちに励まされて鬱一歩手前で何とか踏み止まっています。

記事が半端ない量に達したときふと不安になったんです。

ヤフーが潰れることはないとは思うんですが、何らかの理由で記事が消失してしまったら今の私は生きる支えを失ってしまいます。せめて書籍化して残しておかねばとブログ設定画面を覗いたら製本サービスが無くなってしまってました。

何とかならないかとネットを探索し捲りましたが、もう手段は記事を別のブログに移すしかありませんでした。せめて小説だけでも移してしまおうと選択したのがFC2ブログです。

やってみてびっくり、ヤフー以外のブログの自由度がここまで進化・複雑化してたなんて私はカルチャーショックを受けてしまいました。トップページ・テンプレートの設定さえままなりません。

ヤフーには5千字の字数制限があるため、ともすればページが歪になってしまう傾向があります。でも、FC2ブログはその心配はないようです。移すからには改稿・推敲し直し、より素晴らしい文章に近づけて行くつもりです。

ヤフーの中に収めている小説は「二十歳の紀子」「凶悪志願」「夢界の創造主」「ちんばの総長」 「倭王・武」「俺とやっくり」「オッス空手部」の7作品ですが、後半の3作はまだほとんど書いておりません。先に前半4作をFC2に移すことが急務です。

ブログ画面右端真ん中の「全ての記事を表示する」をクリックしていただければ、日付別に単純に整然と記事が並んでおりますので閲覧、どうぞ宜しくお願いします。

物語はフィクションです。登場する個人・団体名はすべて架空のものです。どうぞご了承下さい。

ランキングは初参加です。小説を残すためのPDF化・製本化が目的だったので軽い気持ちの参加だったんですが、ランキングの上下が私のモチベーションにこんなにも影響するとは思ってもみなかったです。

日本ブログ村のランキングに参加しております。クリック頂ければ、足がないのに私クスクリは跳び上がって喜びます。どうぞ、いちポチ宜しくお願いします。

にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村
↑↑↑ここをクリックして頂いたら今後の励みになります。
 
スポンサーサイト
line

西海橋

「労金にしゅうかの…ん~…ばって今まで下ろさんで我慢してきたけの」
親父は思案する。
「おっさん、親和銀行にしときない、労金はそのままにしとったほうがよか」
「そうやの。そうしょう」
親父は康太を見た。
「そんならこの金は全部康太にやる。おかさんの面倒よう見てくれるけん康太が一番かわいか」と、にこっと笑う。
「おっさん、ちゃんば甘やかしたらいかん。」
俺が冗談ぽく釘を刺すと、
康太が、
「俺もいらん。自分の力で生きて行く」
「そうか、そんならこの車を康太にやる、どうせ乗れても二三年やけんな」
「爺ちゃん、そんならありがたく貰う」
親父はそんなちゃんに頼もしそうに眼を細める。

「このままおっさんの運転で佐世保総合病院まで行ってみゅうか」と提案する俺に、
「何の事はなか。何処まででも大丈夫たい。どんとこいたい」
親父は自信満々だ。
――後ろが踊りよる?どげなことや――
俺は親父の運転を注視した。腕が震えている。車が右に左に揺れる。時々中央線をタイヤが踏む。対向車が来ると慌ててハンドルを切り込む。
危なっかしい運転だったが、何とか佐世保総合病院には到着した。
俺は課題を出した。
「おっさん、駐車場に入って枠に停めてみゅうや」
「何っちゃことないさ」と親父。
「どうや」
「おっさん、こいじゃ隣の車に悪ぃばい」
ギャランは枠には収まっているが大きく斜めになっていた。
数度入れ直したがあんまり変わらない。
「お父さん、また曲がっとる」と見兼ねた嫁がダメ出しする。

しまった。 始まった。嫁はしつこい。同じ事を何度も繰り返すこの性癖には俺も息子も辟易している。この辺で親父に助け船出してやらないと、親父の気が滅入ってしまい、車買うん止めたとか言い出したら大変だ。
「おっさん、こいだけ運転できたら十分じゃ。軽になったら入れ易うなるけんよ」
親父は嬉しそうに、
「そやろ、そやろ」と顔を綻ばす。
「そんなら新車ば楽しみにしときない。後は昼飯でも食って帰るか」

話は戻るが、今日の帰郷はあくまでも新車の納車と言う仕事だ。昨日の夜小倉を出たが、親父が7時までに来いと言うので、と店長に断って早めに仕事を上がらせて貰い、夕方5時に家を出て佐世保に向かった。鳥栖までの高速代は会社に経費で認めて貰った。鳥栖からは一般道に下りた。 多久の辺りでテレビの龍馬伝に気を取られ慣れた道を迷ってしまった俺は、嫁にダメ出しされ運転を代わらせられた。
これ幸と後席で睡眠だ。起きたときには鹿町に着いていた。これも軽にしたお陰だ。嫁が積極的に運転するようになった。俺にとっては楽なことこの上ない。

納車を俺が4月6日に拘った理由は息子のことと花見だ。家に篭りがちの親父とお袋を西海橋の桜を見に連れて行ってやりたかった。1台の車で5人が動けるのは今日が最後だ。ギャランは13年の役目を終えて安らかな眠りに入る。
後何年、親孝行ができるのか…?
一緒に住んでやれない俺ら家族はできる限り帰郷して高齢の両親が楽しめることをやってやりたいと思っている。
今日は親父の検診日だったようだ。

朝早う出るのでお前達はゆっくり寝とっていいぞと気遣う親父に、
「気にせんでよか、俺らは休みのときでん朝7時には起きとるんやけん。ちょうどよか、俺が総合病院まで連れて行ってやるわ。そん後西海橋に花見に行くか」
西九州道は今年佐世保市役所の手前まで延びて佐世保中央インターが出来た。西海橋は久しぶりだ。

道もずいぶん変わっている。俺は無難に国道35号線から行くことにした。
トランクには親父が御座を準備していた。西海橋は西彼杵に行く途中にある。俺は知らなかったが、西海市に変わっていた。

道路標識通りに車を走らせた。前に行ったとき沿道は淋しいものでコンビニは1軒もなかったと記憶していた。

見えたら即入るつもりでファミマに飛び込んだ。いなり寿司とか焼きそばとか大量に買い込んだが、何のことはない。それからも沿道に数軒のコンビニを認めた。
紙皿を買うためにローソンに入った嫁が車に乗り込んでちくっと俺を皮肉る。
「何も急いで買う必要なかったのに。ここの方がいっばいあったよ」
line

42話 デモンストレーション

 構成員の失望に似た溜息に、苛つく美代子のマイクパフォーマンスが炸裂する。
「あんたらのためにもう一度断っておくけど総長を見た目で判断したら酷い目に遭うかんね」
「総長はあんたらが束になって掛かっても敵わないこと、骨の髄まで分からせてあげるからようく見てるが良いよ」
 美代子が後ろを振り替えって、「じゃぁ準備宜しくね」

 族どもがざわつきだした。
「いったい何する気なん?」

 どこから持ち出してきたか、工事現場で使う畳一畳分はある厚手の合板を直角に立てて幹部2人が腰を落として支える。中央には黒く的が描かれている。

 坪口と浩紀が的から十数メートル離れて立った。
「ほんじゃぁ俺から行かして貰うわ」と浩紀。
 まず右手に握られたのはナイフ一本。

「特攻隊長の投げナイフや!」

 狙いを定めた浩紀は上手から思いっきり腕を振り抜いた。
 ドスっという鈍い音とともにナイフは的のど真中に突き刺さった。

 おう!とドヨメキが上がる。
 ドヤ顔の浩紀。

「浩、凄ぇやないか。ほんじゃ今度は俺の番や」と坪口。
 ゴツい腕から力任せに放られたナイフは浩紀のナイフより明らかに力強く、これも的のど真中にズドンと並んで突き刺さった。

 一層高いドヨメキが沸き上がった。
 更にドヤ顔の坪口に、チッと舌打ちした浩紀は指にナイフを2本挟んだ。

「坪、まぁ見とれや」とニヤッと不敵に笑った浩紀が放ったナイフは的の真ん中を挟んで的内にキレイに横一列に突き刺さる。相手が人間なら胴体を外していない。

 背筋も凍るパフォーマンスに構成員は唖然と口を開けて、放心状態だ。
「キチガイのごと喧嘩が強い上に投げナイフの腕も超一流って…あの2人に敵う奴なんてほんとに居るんかよぉ」

「あの2人、バケモンですね」と感嘆する山本に、「あん2人は所詮総長のダシやないんか」と権藤。
「まさか!」

「あの凄ぇ投げナイフがダシですかい?!」
「まぁ見とれや。滅多に見れねぇ見世物の筈や」
「そいにしても暑ぃな。メットの中ぁ蒸し風呂や。汗が目に入って見え難ぃぜよ」
 権藤はフルフェイスのヘルメットのカウルを上げてタオルを捻じ込み汗を拭く。

 美代子、坪口、浩紀が康太を囲んだ。
「康ちゃんほんとに大丈夫なん。ハエとは違うんだよ。もししくじったら冗談ではすまないよ」
 美代子は生で見る投げナイフの迫力にさすがに怖じ気付く。

 思いは坪口も浩紀も美代子と同じだ。康太のヌンチャクの技が神掛かっていることは信じて疑わないものの、もしもということもある。
「このデモは奴らに総長の力ば認めさせるだけのことや。本気でやるんも馬鹿らしいで。康太が払い易いごと投げたるけんよ」と坪口。
 美代子も、「それでも康ちゃんのヌンチャク初めて見る人間は物凄くビックリする筈だよ」
 浩紀も、「俺もそん方が良ぇと思うぜ。もし康太に万が一んことがあったら俺ぁ真知姉に顔向け出来ねぇよ」

「気遣い手心無用や。ほいに俺から見たら2人のナイフにゃハエが止まって見えたぜよ」
 途端、ムッとする2人。
「俺を殺すつもりで本気で投げたナイフば叩き落としてこそ、俺は2人の上に立てる人間になれるんや」

 2人は呆れたという仕草で、「頭ん良い康太の考えることは俺らにはわからん」
「分かった。どうなっても知らんぜよ」と浩紀。
「あぁ望むところや」

 2人が所定の位置に戻ったのを確認して、康太はゆっくりと工事用合板の前に立った。的は康太の胸の位置だ。

「おいまさか!」
「2人のナイフの的になるんかよ」
「この暗がりで」

「兄貴ぃ」
「あぁ」
「何する気や。あの距離からのナイフば躱すだけ!?」
 権藤は腑に落ちない。

「おじさん」と佐和子が青ざめる。
「まさか、あの2人康ちゃん目掛けてナイフ投げるつもり?」
「おじさん止めなくていいの?」
「今ちゃんとここに居るのに見てるだけで、もし康ちゃんに何かあったら…」
「私真知に会わせる顔ないよ」
 親衛隊に守られた恰好の佐和子だが、勇気を振り絞って危ない族が屯する中を前に出て行こうと一歩踏み出した。

 その手を達己が掴んで、「お佐和、心配無ぇ」
「でも…」
「康太は馬鹿じゃ無ぇ。勝算の無ぇこつする訳無ぇ」

「じゃぁ康ちゃん」と美代子が手提げ袋の中から棒を2本取り出した。
「ほんとに大丈夫?」
「ヌンチャク持った俺に不可能なこつてろあるかよ」
「わかったぁ」
 康太はそれを左右の手で軽く持つ。

「おい…総長手に何か握ったぞ」
「暗くて良く分かんねぇ」
line

2009年ゴールデンウイーク始末記Ⅲ

 実は、ゴールデンウイーク前に、退院して初めての定期検診に行って肺に影があると医者に言われたそうだ。親父は肺癌を覚悟し、兄弟3人に電話してきた。

 三男は電話が通じず、次男は絶句して何も慰めの言葉を掛けられなかったそうだ。俺にも掛かってきた。夕方6時くらいだったか、まだ会社に居た。俺は嫌な予感とともに電話を取った。

「どげんしたな。また具合が悪うなったんな」
「実は病院で肺に影があるって言われたんや」
「肺に影っていうたら肺癌しかないやないか」
「ああ、そうや」
「何、去年は悪性リンパ腫で今年は脳梗塞、そして今度は肺癌や!」
「俺もついとらん。今度こそあの世から迎えが来とるばい」
「俺に慰めの言葉はねぇ。どうしようもねぇ」
「分かっとる。もう覚悟は決めとる」

 俺は同僚に聞かれないようにショールームの端に移動した。
「ばって物は考えようや。親父は79歳まで生きたやないか。俺はその年まで生きれるかどうか分からん。糖尿で苦労しとるしな。案外早うあの世で親父と再会できるかもしれんぜ」と俺は戯言をほざいた。

 親父は自嘲気味に笑って、
「確かに長う生きたかもしれんな。同級生のほとんどはもう死んでしもうとるけんな」
「ばってまだ肺癌っち決まった訳じゃなかろうもん」
「まぁまだ精密検査が残っとるばって」
「そげん落胆せんでよかって、連休にゃ鹿町帰ってぐちたっぷり効いてやるけん」

 夜8時頃、三男が実家にやってきた。俺としては丁重に出迎えた。
「よう来たな、まぁ座れや」

 三男はこの前と同じように庭に面したサッシ側に座り俺が対面に座った。親父は三男の左隣に陣取った。もう土産の飛騨ソバが次男用の1個しか残ってなかったので嫁さんが予備用に選んでいた橡餅を渡した。

「親父が色々話してぇことがあるごたるけん聞いてやれや」
 親父は今の思いを懸命に三男にぶつけていた。俺は話を2人に任せて適当に口を挟んだりして相槌を打った。

 結局、2時間くらいの滞在だったが俺が居て三男が居て兄弟が実家に揃って居たという事実が親父にはよほど嬉しかったようだ。こんなことはもう彼此れ10数年ぶりになるだろうから。

 実を言うと俺と三男が親父の前で揃って居たのはついこの前にもあった。親父が倒れて3日目だったか、佐世保総合病院で偶然出会って一緒に親父を見舞った。親父を2人で懸命に元気づけた。後で親父に聞いて分かったのだが、本人には全く記憶がなかったそうだ。俺等の前でいつも気丈な親父が泣いたりしておかしいなとは思っていたが。

 三男が暇乞いをして立ちあがったとき、親父は満足そうに、
「今日は思いのたけ全部話したけんすっきりしたぞ」と顔を綻ばせた。

 親父とお袋も三男を見送りに勝手口から外に出たが、俺は二人きりで話したかったので、外は冷えるからと早々に両親を家の中に誘った。三男のエルグランドは玄関前のスペースに停まっていた。

「ところでよ、親父が見舞いにきた幸夫叔父貴達ば追い返したこと知っとるか?」と俺は話を切り出した。
「あぁ知っとる。病院に見舞ったとき親父自身から聞いた。まさかとは思うとったばってん…」
 三男の言葉が幸夫叔父貴の辛さを推し量って途切れた。

「おめぇ佐世保市役所に入るとき相当世話になったんやないんか」
「うん、公私とも相当世話になった」
「宝泉寺温泉の別荘にも夫婦で何度も招待してもろうた」

「そいと、幸太郎が嘆きよったぞ。合併で役職が下がるってな。ほんとか?」
「あぁ2階級下がってしまう。そいでも30代の若い職員は本庁に呼ばれることもあろうけど50代とかはこのまま鹿町で終わることになるやろう」
「今度の合併は事実上の佐世保の鹿町吸収やねぇか。幸太郎がこの前、佐世保市役所に行ったついでにお前訪ねたばってん会えんやったって言いよったぞ」

「俺、今市長に付いて回りよるけん忙しゅうてね、中々役所にじっと居れんのよ」
「中野の婆さんが言よったぞ。吉井町と小佐々町の職員が将来ば悲観して自殺したってよ」
「何、そげん噂が飛び回りよるんね」
「本当やろもん」
「事実やけど合併が原因じゃないって」
「まぁええわ。俺には関係ねぇこつやけんの」

 三男は車に乗り込んだ。
 俺は運転席窓越しに、「ほんなら、嫁さんによろしう言うとってくれや。できたらまた盆に出て来るわ」



  
line

2009年ゴールデンウイーク始末記Ⅱ

 いつの間にか雨は本降りになっていた。

 一度実家に戻って親父に伯母から預かった日田の土産を渡し、5人で食卓を囲んで昼飯を食べている最中、嫁が幸夫叔父の話題を口にしてい、親父は臆面もなく熱く喋り出した。内容は伯母の言った通りだった。

 親父は自分の佐世保の幸夫叔父に取った行為がさも当然の如く正当化する。本家の叔母も中野の伯母もお袋に掛ける親父の愛情らしきものが度を超えてるんじゃないかと俺に零していた。

 そして、誰であっても、たとえそれが血を分けた子供、兄弟であっても蔑ろにする者に親父は容赦しない。自分の余生はパーキンソン病に侵されたお袋を擁護して生きることと思い込んでいるふしが見受けられる。

 俺は今回の帰郷で、親父のお袋への言葉遣いに言い知れぬ違和感を感じていた。まるで、まだ自我の形成ができていない小さい子供に話しかけているようだ。

 寝床に就くときなど、
「母さんや、はよぉこっちに来い。そろそろ寝ようかね」などと猫撫で声を出していた。

 ――いくら病気のお袋が居た堪れなかったとしてもやっぱり親父はおかしい。そして、俺はまた親父の尻拭いじゃ。

 俺は親父に悟られないように佐世保の幸夫叔父の家に電話した。電話には長男が出て、夫婦で宝泉寺温泉の別荘に行っているとの事。携帯も教えてもらって掛けたが不通だった。

「そんなら、長坂の伯母にも届けてくれるように頼まれたけん行ってくるわ」
 雨が降っていて嫌気が差したんでしょう、嫁は残ると言うので息子のちゃんと2人長坂に向かった。

 家族で長坂に行くのはほんと久しぶりだ。今はもう伐採されてないが、まだちゃんが小学校に上がる前、長坂には琵琶の木が2本あって、家族3人でお邪魔して琵琶を腹いっぱい食ったのを思い出した。

 長坂の伯父・伯母は大阪府警を定年退職して長男が帰郷してきたので、母屋の一段上に建つ古い家に夫婦2人で住んでいる。

 久しぶりに訪ねたんで家が分からず雨の中右往左往してしまったが、何か事件があったようで公民館には車が居並び、村の青年団が物々しく動き回っていた。

 居なくなった村の住人をみんなで探しに軽トラックで出ようとする長男を、ちょうど伯母が見送りに出ていて助かった。

 俺は中野の伯母から預かった日田の土産を渡して今回のお礼を述べた。相当耳が遠くなっている義理の伯父に比べて伯母は5月で米寿を迎えようというのに元気そのものだ。腰が痛いとは言っていたが俺のお袋のことを思うと羨ましくて堪らない。

 伯母は懐かしい団子を出してくれました。
 かから団子だ。

 俺は病気で甘い物が食えないのでちゃんに食べて貰った。ちゃんは団子がかからの葉から離れず四苦八苦する。

 このかから団子、鹿町に住んでいた幼い頃の御馳走で、ずいぶん昔に亡くなった船の村の母方の祖母がよく作ってくれていた。早く食べたくてワクワクして、従姉妹と野原の小道脇に自生するかからの葉を摘みに行ったものだ。お袋は作ったことはない。だから、店で買わず家庭で作ったかから団子を見たのは数十年ぶりだ。
 
 朝実家に着いたとき次男には電話を入れた。昨日対馬から戻って実家に顔を出し、買い物に付き合ってくれたとのこと。親父が言うには今日は娘を迎えに博多まで行くそうだ。
 俺の電話に夕方、また出てくると応えてくれた。

 三男にも電話を入れたが不通だったが折り返し電話があり、今日は娘の部活の試合で送迎せねばならず時間的に無理があると言ってきた。

 今までの俺だったらどうせどうでもいい奴の事と、「ならいいわ」とすぐ割り切っていたところだが、老い先短い両親のためだ、兄弟の和やかな団欒を眼に焼き付けさせてやるのが一番の親孝行と俺は悟った。

「無理は言わんわ。ほいでも、俺等が実家に集まって仲良くするんが最大の親父とお袋への親孝行やと俺は思うんじゃ。1時間でもええ、出てこいや。待っとるぜ」
「分かった兄ちゃん、考えるわ」
「そいから、親父どうも頭がおかしいぞ。中野の婆さんと縁切るとか言い出したぞ」
「えっほんとや」
「あぁそいやけん。おめぇも俺と一緒に親父のぐちようと聞いてやれや」
「わかった。また電話する」

 長坂から帰って、お袋が包丁の切れが悪いというので、両親をギャランに乗せて隣町の江迎町に新しく出来たナフコに包丁を買いに連れて行ってやった。

 車を降りて、ちゃんが健気にお袋の手を引いてやり親父が感動する。ちゃんは今月修学旅行に行く予定だが、親父が手を引いてくれた礼じゃと、なんとこずかいを1万5千円もくれた。

 その後、この辺で唯一のスーパー・「まつばや」でもちゃんは店内でお袋の手を引いてやっていた。

「親父、今日は俺とやっくりが晩飯作ってやるわ」と早速、俺流のすき焼き作りに取りかかった。ホットプレートを使ったすき焼きが不味く感じだしたので編み出したやり方だ。

 自宅では中華鍋を使うんだが無いので、フライパンで牛肉を炒めて鍋に入れ、順に、もやし、椎茸、えのきと炒めてまた鍋に入れ、白菜をたっぷり被せてすき焼きの素をジャブジャブ振り掛けて蓋を閉め、蒸らせば出来上がり。

 佐世保総合病院を退院してきてから、連日ヘルパーが作ってくれる晩飯を夫婦2人で淋しく食っていたら気も滅入るというものだ。

 今晩の親父は上機嫌だった。いつも親子3人で実家に帰ってくるのは俺等くらいだ。賑やかな食卓に親父の気持も晴れる。どこの爺さんでもそうでしょうが、この歳になれば毎日の晩酌がささやかな楽しみだ。これも車の運転とともに医者に止められいる。

 親父は私の作ってやったすき焼きに眼を落して、
「今日くらい酒飲んでもええよな」

「おう、親父呑め呑め!今日は俺が居るけんまた脳梗塞でぶっ倒れたら30分以内の超高速で総合病院に運びこんでやるわ。安心して呑めや。ばって、2杯くらいにしとってや」

 親父の嬉しそうな顔。この顔を見るためにノンストップの12時間で1000キロ、飛騨高山から帰って来た。
 晩飯を終えて私の携帯に幸夫叔父から電話が掛かってきた。

 私は開口一番親父の失礼な行為を謝った。
 幸夫叔父は、
「心配せんでも全然気にしとらん。あの日は兄貴の虫の居所が悪かったんやろうと割りきっとる。まぁ時が経てばほとぼりも冷めるやろ」

 私は幸夫叔父と久しく会ってない。まだパーキンソン病の前兆が出ていなかったお袋から眼を患ってよろけてしまったと聞いていたが……、
 伯父貴の口調は壮年期と変わらず驚くほどしっかりしていて声にもはりがあった。

 ――幸夫叔父は義理の兄弟の俺の親父を兄貴って呼ぶんか。今まで知らんやったぞ。

「ほんとにすいません。ところで、叔父貴がうちに来てくれたんはいつですか」
「えぇとあれは正月やったかいの」
「えっ、正月ですか?」

 私は思わず聞き直してしまった。正月だったら親父の頭は正常の筈だ。あんな突飛な行動を取るほどお袋を馬鹿にされたと思ったのか?

 親父はお袋と年が離れている幸夫叔父を弟のようにかわいがっていて、私が物心ついたとき、幸夫叔父は佐賀大学生だった。叔父貴はその頃知り合った佐賀の短大生の良江叔母と結婚した。

 伯父貴は結婚前に俺等家族を佐世保に呼んで良江叔母を紹介してくれるほど律儀な人間だ。2人だけの甘い新婚生活の空間にも俺等家族を招待してくれた。それほど親しかった。

 親父は幸夫叔父が家を建てるので金を貸してくれと頼って来たとき、二つ返事で用立ててやったとも言っていた。

「ほんなら叔父貴もしかしたら、4月の初め、親父が脳梗塞で倒れたん知らんのやないと?」
「えっ脳梗塞で倒れた?」

 私は釈然としませんでした。今までの親交は何だったのか。親父を親しみを込めて兄貴と呼ぶもう70歳に近い叔父貴が親父が脳梗塞で倒れたことも知らない。これこそ恥ずべきことではないかと思う。

 せっかくの見舞いを追い払われたことを親父の一時の気の迷いと捉えた叔父貴は一体何だ?
 時が解決するさ、と高を括り放っておいたことは叔父貴の不徳じゃないのか。

 全然気にしとらんではなく、相当気にしとるが本当じゃないのか!
 大いに気にしていたら、また良江叔母に手を引かれても再度親父を訪ねて誤解を解くべきではなかったのか?
 俺には幸夫叔父夫婦が姉貴夫婦の事なんかどうでもいいや、と思っていたとしか考えられない。
 
 俺は最後に幸夫叔父に救いの手を差し伸べた。幸夫叔父が親父の事を真剣に憂えているのなら乗ってくるだろう。そのまま何事も無かったように親父を訪ねても間違いなく玄関払だ。

 というより、もう二度と叔父貴は実家の敷居を跨ぐつもりが無いような気がしてならない。
「叔父貴、もしまた鹿町に来るつもりなら俺に電話してぇや。俺が親父との仲取持つけ」

 幸夫叔父からの電話の後、三男から携帯に電話が掛かってきた。
「兄ちゃん、遅うなるかもしれんけど出ていくわ」
「おうそうか。待っとるわ」
「賢ちゃんにも電話したばってん通じんやった」
「ああ、俺には電話かかってきたぜ。今日は来れんけど明日の午前中に来るち言よったぞ」
「兄ちゃんすまん。俺は明日は無理や…」
「ああ分かっとる、気にせんでええわ」

 早速親父に報告すると、さも嬉しそうにしていた。

 私がこの5日間という短いゴールデンウイーク中に信州から無理をしてでも鹿町に帰郷したのにはもう1つ理由があった。親父のぐちを聞くためです。兄弟3人揃って聞いてやるのが一番良いのだろうがそうもいかない。それぞれの家庭の事情も有るだろうから。
 
line
line

FC2Ad

line
プロフィール

kusukuri

Author:kusukuri
ブログ書き綴って7年が過ぎました。近頃悟った様な気がします。人生これ全部“ブログネタ”だと。文章は芸術です。それを極められるなら、私は時間と努力を惜しみません。そして何年掛かっても、今、私の頭の中にあるもの、全部吐き出して形にしたいと願ってます。もし私が死んだら小説の中で永遠に生きていたいと馬鹿な妄想しながら書いてます。

line
最新記事
line
最新コメント
line
月別アーカイブ
line
カテゴリ
line
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

line
フリーエリア
line
検索フォーム
line
RSSリンクの表示
line
リンク
line
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

line
QRコード
QR
line
クスクリカウンター
line
sub_line