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ようこそクスクリ小説にお越しくださいました。ありがとうございます。

8年間ヤフーブログをやってきました。私は大学生の頃から趣味としての精神的支柱がないと生きて行けない人間です。

安月給なのに、「ミス・イコール・死」の覚悟で数十年仕事を続けてきた私は、物語の登場人物たちに励まされて鬱一歩手前で何とか踏み止まっています。

記事が半端ない量に達したときふと不安になったんです。

ヤフーが潰れることはないとは思うんですが、何らかの理由で記事が消失してしまったら今の私は生きる支えを失ってしまいます。せめて書籍化して残しておかねばとブログ設定画面を覗いたら製本サービスが無くなってしまってました。

何とかならないかとネットを探索し捲りましたが、もう手段は記事を別のブログに移すしかありませんでした。せめて小説だけでも移してしまおうと選択したのがFC2ブログです。

やってみてびっくり、ヤフー以外のブログの自由度がここまで進化・複雑化してたなんて私はカルチャーショックを受けてしまいました。トップページ・テンプレートの設定さえままなりません。

ヤフーには5千字の字数制限があるため、ともすればページが歪になってしまう傾向があります。でも、FC2ブログはその心配はないようです。移すからには改稿・推敲し直し、より素晴らしい文章に近づけて行くつもりです。

ヤフーの中に収めている小説は「二十歳の紀子」「凶悪志願」「夢界の創造主」「ちんばの総長」 「倭王・武」「俺とやっくり」「オッス空手部」の7作品ですが、後半の3作はまだほとんど書いておりません。先に前半4作をFC2に移すことが急務です。

ブログ画面右端真ん中の「全ての記事を表示する」をクリックしていただければ、日付別に単純に整然と記事が並んでおりますので閲覧、どうぞ宜しくお願いします。

物語はフィクションです。登場する個人・団体名はすべて架空のものです。どうぞご了承下さい。

ランキングは初参加です。小説を残すためのPDF化・製本化が目的だったので軽い気持ちの参加だったんですが、ランキングの上下が私のモチベーションにこんなにも影響するとは思ってもみなかったです。

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2009年ゴールデンウイーク始末記Ⅲ

 実は、ゴールデンウイーク前に、退院して初めての定期検診に行って肺に影があると医者に言われたそうだ。親父は肺癌を覚悟し、兄弟3人に電話してきた。

 三男は電話が通じず、次男は絶句して何も慰めの言葉を掛けられなかったそうだ。俺にも掛かってきた。夕方6時くらいだったか、まだ会社に居た。俺は嫌な予感とともに電話を取った。

「どげんしたな。また具合が悪うなったんな」
「実は病院で肺に影があるって言われたんや」
「肺に影っていうたら肺癌しかないやないか」
「ああ、そうや」
「何、去年は悪性リンパ腫で今年は脳梗塞、そして今度は肺癌や!」
「俺もついとらん。今度こそあの世から迎えが来とるばい」
「俺に慰めの言葉はねぇ。どうしようもねぇ」
「分かっとる。もう覚悟は決めとる」

 俺は同僚に聞かれないようにショールームの端に移動した。
「ばって物は考えようや。親父は79歳まで生きたやないか。俺はその年まで生きれるかどうか分からん。糖尿で苦労しとるしな。案外早うあの世で親父と再会できるかもしれんぜ」と俺は戯言をほざいた。

 親父は自嘲気味に笑って、
「確かに長う生きたかもしれんな。同級生のほとんどはもう死んでしもうとるけんな」
「ばってまだ肺癌っち決まった訳じゃなかろうもん」
「まぁまだ精密検査が残っとるばって」
「そげん落胆せんでよかって、連休にゃ鹿町帰ってぐちたっぷり効いてやるけん」

 夜8時頃、三男が実家にやってきた。俺としては丁重に出迎えた。
「よう来たな、まぁ座れや」

 三男はこの前と同じように庭に面したサッシ側に座り俺が対面に座った。親父は三男の左隣に陣取った。もう土産の飛騨ソバが次男用の1個しか残ってなかったので嫁さんが予備用に選んでいた橡餅を渡した。

「親父が色々話してぇことがあるごたるけん聞いてやれや」
 親父は今の思いを懸命に三男にぶつけていた。俺は話を2人に任せて適当に口を挟んだりして相槌を打った。

 結局、2時間くらいの滞在だったが俺が居て三男が居て兄弟が実家に揃って居たという事実が親父にはよほど嬉しかったようだ。こんなことはもう彼此れ10数年ぶりになるだろうから。

 実を言うと俺と三男が親父の前で揃って居たのはついこの前にもあった。親父が倒れて3日目だったか、佐世保総合病院で偶然出会って一緒に親父を見舞った。親父を2人で懸命に元気づけた。後で親父に聞いて分かったのだが、本人には全く記憶がなかったそうだ。俺等の前でいつも気丈な親父が泣いたりしておかしいなとは思っていたが。

 三男が暇乞いをして立ちあがったとき、親父は満足そうに、
「今日は思いのたけ全部話したけんすっきりしたぞ」と顔を綻ばせた。

 親父とお袋も三男を見送りに勝手口から外に出たが、俺は二人きりで話したかったので、外は冷えるからと早々に両親を家の中に誘った。三男のエルグランドは玄関前のスペースに停まっていた。

「ところでよ、親父が見舞いにきた幸夫叔父貴達ば追い返したこと知っとるか?」と俺は話を切り出した。
「あぁ知っとる。病院に見舞ったとき親父自身から聞いた。まさかとは思うとったばってん…」
 三男の言葉が幸夫叔父貴の辛さを推し量って途切れた。

「おめぇ佐世保市役所に入るとき相当世話になったんやないんか」
「うん、公私とも相当世話になった」
「宝泉寺温泉の別荘にも夫婦で何度も招待してもろうた」

「そいと、幸太郎が嘆きよったぞ。合併で役職が下がるってな。ほんとか?」
「あぁ2階級下がってしまう。そいでも30代の若い職員は本庁に呼ばれることもあろうけど50代とかはこのまま鹿町で終わることになるやろう」
「今度の合併は事実上の佐世保の鹿町吸収やねぇか。幸太郎がこの前、佐世保市役所に行ったついでにお前訪ねたばってん会えんやったって言いよったぞ」

「俺、今市長に付いて回りよるけん忙しゅうてね、中々役所にじっと居れんのよ」
「中野の婆さんが言よったぞ。吉井町と小佐々町の職員が将来ば悲観して自殺したってよ」
「何、そげん噂が飛び回りよるんね」
「本当やろもん」
「事実やけど合併が原因じゃないって」
「まぁええわ。俺には関係ねぇこつやけんの」

 三男は車に乗り込んだ。
 俺は運転席窓越しに、「ほんなら、嫁さんによろしう言うとってくれや。できたらまた盆に出て来るわ」



  
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2009年ゴールデンウイーク始末記Ⅱ

 いつの間にか雨は本降りになっていた。

 一度実家に戻って親父に伯母から預かった日田の土産を渡し、5人で食卓を囲んで昼飯を食べている最中、嫁が幸夫叔父の話題を口にしてい、親父は臆面もなく熱く喋り出した。内容は伯母の言った通りだった。

 親父は自分の佐世保の幸夫叔父に取った行為がさも当然の如く正当化する。本家の叔母も中野の伯母もお袋に掛ける親父の愛情らしきものが度を超えてるんじゃないかと俺に零していた。

 そして、誰であっても、たとえそれが血を分けた子供、兄弟であっても蔑ろにする者に親父は容赦しない。自分の余生はパーキンソン病に侵されたお袋を擁護して生きることと思い込んでいるふしが見受けられる。

 俺は今回の帰郷で、親父のお袋への言葉遣いに言い知れぬ違和感を感じていた。まるで、まだ自我の形成ができていない小さい子供に話しかけているようだ。

 寝床に就くときなど、
「母さんや、はよぉこっちに来い。そろそろ寝ようかね」などと猫撫で声を出していた。

 ――いくら病気のお袋が居た堪れなかったとしてもやっぱり親父はおかしい。そして、俺はまた親父の尻拭いじゃ。

 俺は親父に悟られないように佐世保の幸夫叔父の家に電話した。電話には長男が出て、夫婦で宝泉寺温泉の別荘に行っているとの事。携帯も教えてもらって掛けたが不通だった。

「そんなら、長坂の伯母にも届けてくれるように頼まれたけん行ってくるわ」
 雨が降っていて嫌気が差したんでしょう、嫁は残ると言うので息子のちゃんと2人長坂に向かった。

 家族で長坂に行くのはほんと久しぶりだ。今はもう伐採されてないが、まだちゃんが小学校に上がる前、長坂には琵琶の木が2本あって、家族3人でお邪魔して琵琶を腹いっぱい食ったのを思い出した。

 長坂の伯父・伯母は大阪府警を定年退職して長男が帰郷してきたので、母屋の一段上に建つ古い家に夫婦2人で住んでいる。

 久しぶりに訪ねたんで家が分からず雨の中右往左往してしまったが、何か事件があったようで公民館には車が居並び、村の青年団が物々しく動き回っていた。

 居なくなった村の住人をみんなで探しに軽トラックで出ようとする長男を、ちょうど伯母が見送りに出ていて助かった。

 俺は中野の伯母から預かった日田の土産を渡して今回のお礼を述べた。相当耳が遠くなっている義理の伯父に比べて伯母は5月で米寿を迎えようというのに元気そのものだ。腰が痛いとは言っていたが俺のお袋のことを思うと羨ましくて堪らない。

 伯母は懐かしい団子を出してくれました。
 かから団子だ。

 俺は病気で甘い物が食えないのでちゃんに食べて貰った。ちゃんは団子がかからの葉から離れず四苦八苦する。

 このかから団子、鹿町に住んでいた幼い頃の御馳走で、ずいぶん昔に亡くなった船の村の母方の祖母がよく作ってくれていた。早く食べたくてワクワクして、従姉妹と野原の小道脇に自生するかからの葉を摘みに行ったものだ。お袋は作ったことはない。だから、店で買わず家庭で作ったかから団子を見たのは数十年ぶりだ。
 
 朝実家に着いたとき次男には電話を入れた。昨日対馬から戻って実家に顔を出し、買い物に付き合ってくれたとのこと。親父が言うには今日は娘を迎えに博多まで行くそうだ。
 俺の電話に夕方、また出てくると応えてくれた。

 三男にも電話を入れたが不通だったが折り返し電話があり、今日は娘の部活の試合で送迎せねばならず時間的に無理があると言ってきた。

 今までの俺だったらどうせどうでもいい奴の事と、「ならいいわ」とすぐ割り切っていたところだが、老い先短い両親のためだ、兄弟の和やかな団欒を眼に焼き付けさせてやるのが一番の親孝行と俺は悟った。

「無理は言わんわ。ほいでも、俺等が実家に集まって仲良くするんが最大の親父とお袋への親孝行やと俺は思うんじゃ。1時間でもええ、出てこいや。待っとるぜ」
「分かった兄ちゃん、考えるわ」
「そいから、親父どうも頭がおかしいぞ。中野の婆さんと縁切るとか言い出したぞ」
「えっほんとや」
「あぁそいやけん。おめぇも俺と一緒に親父のぐちようと聞いてやれや」
「わかった。また電話する」

 長坂から帰って、お袋が包丁の切れが悪いというので、両親をギャランに乗せて隣町の江迎町に新しく出来たナフコに包丁を買いに連れて行ってやった。

 車を降りて、ちゃんが健気にお袋の手を引いてやり親父が感動する。ちゃんは今月修学旅行に行く予定だが、親父が手を引いてくれた礼じゃと、なんとこずかいを1万5千円もくれた。

 その後、この辺で唯一のスーパー・「まつばや」でもちゃんは店内でお袋の手を引いてやっていた。

「親父、今日は俺とやっくりが晩飯作ってやるわ」と早速、俺流のすき焼き作りに取りかかった。ホットプレートを使ったすき焼きが不味く感じだしたので編み出したやり方だ。

 自宅では中華鍋を使うんだが無いので、フライパンで牛肉を炒めて鍋に入れ、順に、もやし、椎茸、えのきと炒めてまた鍋に入れ、白菜をたっぷり被せてすき焼きの素をジャブジャブ振り掛けて蓋を閉め、蒸らせば出来上がり。

 佐世保総合病院を退院してきてから、連日ヘルパーが作ってくれる晩飯を夫婦2人で淋しく食っていたら気も滅入るというものだ。

 今晩の親父は上機嫌だった。いつも親子3人で実家に帰ってくるのは俺等くらいだ。賑やかな食卓に親父の気持も晴れる。どこの爺さんでもそうでしょうが、この歳になれば毎日の晩酌がささやかな楽しみだ。これも車の運転とともに医者に止められいる。

 親父は私の作ってやったすき焼きに眼を落して、
「今日くらい酒飲んでもええよな」

「おう、親父呑め呑め!今日は俺が居るけんまた脳梗塞でぶっ倒れたら30分以内の超高速で総合病院に運びこんでやるわ。安心して呑めや。ばって、2杯くらいにしとってや」

 親父の嬉しそうな顔。この顔を見るためにノンストップの12時間で1000キロ、飛騨高山から帰って来た。
 晩飯を終えて私の携帯に幸夫叔父から電話が掛かってきた。

 私は開口一番親父の失礼な行為を謝った。
 幸夫叔父は、
「心配せんでも全然気にしとらん。あの日は兄貴の虫の居所が悪かったんやろうと割りきっとる。まぁ時が経てばほとぼりも冷めるやろ」

 私は幸夫叔父と久しく会ってない。まだパーキンソン病の前兆が出ていなかったお袋から眼を患ってよろけてしまったと聞いていたが……、
 伯父貴の口調は壮年期と変わらず驚くほどしっかりしていて声にもはりがあった。

 ――幸夫叔父は義理の兄弟の俺の親父を兄貴って呼ぶんか。今まで知らんやったぞ。

「ほんとにすいません。ところで、叔父貴がうちに来てくれたんはいつですか」
「えぇとあれは正月やったかいの」
「えっ、正月ですか?」

 私は思わず聞き直してしまった。正月だったら親父の頭は正常の筈だ。あんな突飛な行動を取るほどお袋を馬鹿にされたと思ったのか?

 親父はお袋と年が離れている幸夫叔父を弟のようにかわいがっていて、私が物心ついたとき、幸夫叔父は佐賀大学生だった。叔父貴はその頃知り合った佐賀の短大生の良江叔母と結婚した。

 伯父貴は結婚前に俺等家族を佐世保に呼んで良江叔母を紹介してくれるほど律儀な人間だ。2人だけの甘い新婚生活の空間にも俺等家族を招待してくれた。それほど親しかった。

 親父は幸夫叔父が家を建てるので金を貸してくれと頼って来たとき、二つ返事で用立ててやったとも言っていた。

「ほんなら叔父貴もしかしたら、4月の初め、親父が脳梗塞で倒れたん知らんのやないと?」
「えっ脳梗塞で倒れた?」

 私は釈然としませんでした。今までの親交は何だったのか。親父を親しみを込めて兄貴と呼ぶもう70歳に近い叔父貴が親父が脳梗塞で倒れたことも知らない。これこそ恥ずべきことではないかと思う。

 せっかくの見舞いを追い払われたことを親父の一時の気の迷いと捉えた叔父貴は一体何だ?
 時が解決するさ、と高を括り放っておいたことは叔父貴の不徳じゃないのか。

 全然気にしとらんではなく、相当気にしとるが本当じゃないのか!
 大いに気にしていたら、また良江叔母に手を引かれても再度親父を訪ねて誤解を解くべきではなかったのか?
 俺には幸夫叔父夫婦が姉貴夫婦の事なんかどうでもいいや、と思っていたとしか考えられない。
 
 俺は最後に幸夫叔父に救いの手を差し伸べた。幸夫叔父が親父の事を真剣に憂えているのなら乗ってくるだろう。そのまま何事も無かったように親父を訪ねても間違いなく玄関払だ。

 というより、もう二度と叔父貴は実家の敷居を跨ぐつもりが無いような気がしてならない。
「叔父貴、もしまた鹿町に来るつもりなら俺に電話してぇや。俺が親父との仲取持つけ」

 幸夫叔父からの電話の後、三男から携帯に電話が掛かってきた。
「兄ちゃん、遅うなるかもしれんけど出ていくわ」
「おうそうか。待っとるわ」
「賢ちゃんにも電話したばってん通じんやった」
「ああ、俺には電話かかってきたぜ。今日は来れんけど明日の午前中に来るち言よったぞ」
「兄ちゃんすまん。俺は明日は無理や…」
「ああ分かっとる、気にせんでええわ」

 早速親父に報告すると、さも嬉しそうにしていた。

 私がこの5日間という短いゴールデンウイーク中に信州から無理をしてでも鹿町に帰郷したのにはもう1つ理由があった。親父のぐちを聞くためです。兄弟3人揃って聞いてやるのが一番良いのだろうがそうもいかない。それぞれの家庭の事情も有るだろうから。
 
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2009年ゴールデンウイーク始末記

 鹿町に着いたのは朝8時頃、実家への登り口にあるファミマで朝飯を買って実家へ。親父とお袋はもう起きていた。
 年寄り犬の五郎が嬉しそうに尻尾を振って俺等家族を出迎えてくれた。
 息子のちゃんは五郎の一番の親友だ。

 今回、親父が脳梗塞から順調に回復出来たのは親戚の助力の賜だ。だから、俺は長男として意地でも里帰りして親戚へのお礼参りをする必要があった。本家の叔父叔母、中野の叔母、長坂の伯父伯母、そして、次男・三男。

 この前退院したときの電話では喋りは元に戻っていたがやっぱり後遺症が残っていた。パーキンソン病のお袋のようにひょこひょこと歩く。身体の自由が利かないせいか、家の中が結構散らかっていた。綺麗好きの親父には考えられないことだ。

 親父は冗談で、
「俺も母さんと同じ病気になってしもうたわ」と笑っていたが俺は私は痛々しくて見てられなかった。その不自由な足で、盆帰ってくる息子たちのために例年作るスイカの苗を3株畑に植えていた。

 親父とテーブルを囲んで、
「俺、信州行ってきたんや。土産買うてきたけん、今から本家と中野にお礼方々行ってくるわ」と親父に告げると、親父は凄い剣幕で、
「中野にゃ行く必要なか。もう絶縁じゃ!」

 俺は私は耳を疑った。
「おっさんどげんしたとや。中野の婆さんは親父の姉貴やねぇか」
「姉貴でん関係なか。深月でまともに字も書っきえんて俺を馬鹿にしたと。いくら姉貴でも言うて良かことと悪かことのあるとやなかと…」
 言葉尻の方は私に同意を求めるような言い方する。
 親父は一族の長男として親類の和を何よりも大切にしてきた筈だ。親父らしくない。頭がおかしくなったのか。

「おっさんほんとに縁切るとや。今回幸太郎(中野の伯母の息子で俺の六つ上)には相当世話になったろもん。幸太郎とも縁切らないかんぞ」
「あぁそうなる」
「分かった。親父がそこまで言うなら俺はもう何も言わん。そんなら本家に行って来るわ」
 俺は土産の飛騨そばを取り出して本家に行く準備にゆっくり取り掛かった。

 俺がまさに出て行こうとしたそのとき、親父は考え直したのか、「せっかく土産買うてきたんやけん中野にも行って来い」
「おう、分かったわ」と俺は二つ返事で応え、家族3人、親父のギャランで数百メートルしか離れていない本家へ。
 ゴールデンウイーク中はずっと晴天に恵まれていたが、朝方からぽつぽつと雨が降り出した。

 俺は本家で聞きたいことがあった。親父の言う事は本当のことなのか?
 午前中だったので叔父叔母は家に居た。

今回一番世話になったのは叔父夫婦だ。親父の無理も聞いてもらった。脳梗塞は3時間以内に治療に掛かるかどうかで後の後遺症に影響する。

 親父が倒れたのは入浴中だった。まだお袋がそこまで惚けてなかったのですぐ電話で叔父に知らせたようだ。知らせを受けた叔父が飛んできて佐世保の総合病院に担ぎ込んでくれた。

「おんちゃん、このたびは色々とお世話になりました。これからもお世話にならないかんことがあるち思いますがよろしくお願いします。信州行ってきたんでそば買うて来ました」とまずお礼の挨拶から入った。

 叔父は、
「いやいや、兄弟やけんお互い様ってことよ。わざわざ土産まで貰うてありがとう」
 叔母は、
「帰って来ておとさん達喜んどらしたろ。貢(みつぎ)はまたタイに行ってしもうて簡単には帰ってこれんごとなったせんね」
「そいは親父から聞いとります」

 叔母が出してくれた茶を一啜りして、俺は本題を切りだした。
「ところで、親父が中野の伯母さんに字も書っきえんって馬鹿にされたけんもう縁切るって騒ぎよるんやけどそげなことあったんですか?」

 叔母は、
「まだ兄さんそんな馬鹿なこと言いいよらすとね。それは随分前のことなんよ。中野の姉さんも悪気で言うてないってことは兄さんも当時は分かっとらしたとよ。脳梗塞になってから急にそう言い出したとたい。昔の事が今頭にきよらすとよ」

 俺はたまげた。脳梗塞とはそんなやっかいな病気なのか!
 あと、老犬五郎の事とか、俺の兄弟の確執の事とか語り合って本家を後にした。

 次は中野の伯母の家に向かった。
 出迎えてくれたのは幸太郎の嫁さん。嫁さんは松田の本家に行っている伯母と従兄の幸太郎を呼びに行ってくれた。

 中野の伯母にも飛騨そばを土産に渡した。叔母はもう83歳だが元気だ。幸太郎の嫁さんは私等に暇乞いをしてゴールデンウイーク期間中の恒例になっている有田の陶器市に向かった。

 幸太郎夫妻には子供が無く、奥さんの趣味の鑑賞用の水槽が玄関の上がり口に飾ってある。中にはメダカも泳いでいる。

 叔母もこの前九州の日田に老人会の旅行で行ったようで、私等が旅行してきた飛騨を日田と勘違いしたようで大笑だ。
今回の親父の脳梗塞では中野に相当世話になってしまった。お袋は介護が必要なので、親父が総合病院に担ぎ込まれてからの数日間、幸太郎には本家の叔母と代わる代わるお袋を見て貰った。

 親父が倒れて三日して兄弟3人が集りお袋を20日間(その間に親父は何とか退院できるだろうという目算のもと)田平の老人施設に入れることにした。親父は退院した翌日お袋を手元に戻した。まだ脳梗塞からの回復が十分じゃないからもう少し預かって貰っていたらと言う親戚の言葉を振り切って。

 中野の伯母は親父の脳梗塞がお袋の介護疲れから来たんじゃないかと言っていたし、このままだったらまた重大な事態に陥ってしまうんじゃないかとも危惧していたた。

 4月の中頃、伯母から初めて私の携帯に電話が掛かって来てびっくりた。今度鹿町町の役場から福祉の人間が来て、お袋の介護の相談をするからできたら鹿町に帰ってきてくれないか、もし帰るのが無理だったら自分が2人に付き添って役場に意見を言うので任せてくれとのことだった。

 伯母は俺が長男だから了解を貰いたい、とわざわざ電話をくれた。俺は両親の事をそこまで、まるで我事のように心配してくれる83歳の伯母に感謝感激だった。

 色々な話をする中、俺には初耳な事が伯母から零れた。伯母が船の村のお袋の実家の、俺は“いけ好かない”久保田の伯母から聞いたとのことだった。

 伯母の話に拠ると、 

 お袋は年末倒れて江迎中央病院に入院し1月の中頃に退院した。佐世保のお袋の弟・幸夫夫婦が何月何日に俺の実家にお袋を訪ねて来たかは訊かなかったが、てっきり親父が退院してきてからだろうと俺は早合点していた。

 幸夫叔父は全く眼が見えない。病気が進行して還暦前に失明してしまい、佐世保市役所を早期退職した。お袋の東京在住の妹も還暦前後に失明していた兄貴2人はここ数年で相次いで亡くなった。その事を幸夫叔父の嫁・良江叔母がこう親父の前で言ったそうだ。

「久保田はみんな病気で大変ですね。主人と東京の姉さんは眼が見えないし、兄さん2人も病気で亡くなってしまったうえに姉さんもこんな酷い病気になってしまって…」
 この叔母の言葉に親父が切れてしまい、土産なんか要らん、持って帰れと追い払ったとのことだった。

 ――親父の奴、度を越しとる。また誰でもかんでも噛み付きよる。まさか眼が見えず足許が覚束ない中、わざわざ見舞いに来てくれた幸夫夫婦ば追い返すちゃ。俺はまた、親父の尻拭いせなならん!

 伯母との話の中で私はもう1つ驚愕の事実を知ってしまった。
 何と、今年の3月31日をもって鹿町町と江迎町は佐世保に吸収されてしまうと言う。叔母が言うには小佐々町と吉井町はすでに佐世保に併合されていて職員に2人自殺者が出たとのことだった。

 この話をしている最中、鹿町町の課長職である幸太郎はやっぱり淋しそうにしていた。確かにこの日本の最西端の辺境の地・鹿町町は高齢化も激しく単独では自治体としてやっていけないというのは分かるが納得いかない。

 こういった現象は長崎県だけのことだろうか?日本中に言えることなら人口1万人以下の自治体は全部消滅してしまう。勿論、懐かしい伝統も、ほのぼのとした地域社会も。

 そう言えば、俺等家族が訪れた飛騨高山もどんどん拡大しているが、北九州市は5市対等合併以来、周辺の町村との合併話なんか全くない。それに私が以前住んでいた佐賀県鳥栖市でも……。
 
“佐世保市鹿町町”

 ――嫌じゃ、生理的に嫌じゃ。嘘やろ、いい加減にしちくれ。どこまで膨張したら気が済むんじゃ。俺の故郷は北松浦郡鹿町町じゃ。佐世保じゃねぇ!

 俺は自分の生れ故郷が地球上から抹殺された気がした。ちなみに江迎町の隣の田平町はどうなったか伯母に訊きましたら平戸市になるそうだ。

 俺の本音としてはどうせ合併するなら平戸市と一緒になったほうがまだ気が済む。確か、数年前までは小泉内閣の下で田平と江迎・鹿町で合併話が進んでいる筈だった。何時頓挫したのか?そこまで財政が苦しくなっていたのか?そんなに佐世保は金持ちなのか?

 叔母は俺にいう。
「早、鹿町に帰ってこい。立派か家もあるんじゃけん。田舎は良かよ。特に年取ったらゆっくり暮らされるけんね」

 私は長男として親父に頼み込まれていた。
「この家は俺が一生懸命働いた退職金で建てた家なんじゃ。くれぐれも幽霊屋敷にせんでくれよ」と、

 でも、鹿町が佐世保になると聞いてすーっとその気が無くなっていった。佐世保になんか帰る気はしない。親父には悪いが。それなら全く知らない街に移住して、例えば琵琶湖の畔などで余生を過ごした方がずっとマシに思える。

 帰り際、伯母は幸太郎に米を10キロ精米に行かせて俺達家族に持たせてくれた。
 
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41話 登壇

「お前ら待たせたな。いよいよ総長の登場や」
「俺も浩も総長に命預けて北部九州制圧したるつもりや」

「お前らはどうじゃ?」と坪口がハンドマイクを左手に手下どもに大音声で投げ掛けるや大合唱が起きる。
「総長!」
「総長!」
「総長!」
「うおぉぉぉ!」

「お前らの意気込みよう分かったわ」
「ただ1つだけ忠告しとく」
「俺らの総長は合田のごつ、図体だけデコーて幼稚園児並みの頭のバカがイイ気になって頭張っとる愚連隊たぁ違うんどぉ」
 一斉に笑いが興る。
 坪口は、「戦争はココや」と即頭部を指で突く。

「坪、おめぇばっかり喋らんで今度ぁ俺に喋らせれや」と浩がマイクを取り上げた。

「訳あって総長はお前らに顔は曝せん」
「まぁ分かる奴は分かろうけどよ、仲間内だけに留めとけや。もし外部にバラした奴が居ったら絶対俺が突き止めて眼潰したるけな」

 ひそひそ話が始まる。
「おいなんで総長は俺らに顔曝せんのじゃ」
「そんなん俺に分かるか」

「ただTBRが出来たときから影の総長の噂はあったばってん坪口と浩のブラフっち思とったじゃん、そいが本当に居るっち知ったときぁ俺ぁ信じられんやったわ」
「ただ、あの狂犬2人が自分らの上に立つ人間ば認めたっちゅうんが事実や」
「確かにな。あの2人の上なんやからどげん凄ぇか見んでも分かるわ」

「浩君と坪口だけ狡い。あたしにも喋らせて。なんてったってあたいは総長の康ちゃんに次ぐナンバー2だかんね」

「けっ分かったよ」
「ちょっと待てや。俺がお膳立てだけしたるけんよ」と浩紀。

「レディースのもんにも待たせたがよ。総長登場の前にレディース総長の紹介や。例に拠って顔は曝せんが」
「まぁ分かるもんにゃ分かろうがその辺は適当に誤魔化しとってくれや」

 傍でプーッと美代子が河豚の如く膨れる。
「浩君、適当にって酷い!」
「あたいも一応影の総長だかんね」
 浩紀が、「ほらよ」とハンドマイクを美代子に渡した。

 注目度が落ちるレディースの総長といえども、彼氏でもあるTBR総長・康太の手前、野郎どもに嘗められる訳にはいかない。気が張る。

 美代子はふぅっと息を吐くと赤い特攻服のポケットに左手を突っ込んだ姿勢で、
「訳あって総長と同じく素顔晒せないけどその辺宜しく」
「断わっておくけど…」

 構成員の一部が美代子の挨拶の腰を折るかの如く一斉に指笛を吹いた。
「レディースなんかどうでもえぇ」
「俺らは総長を拝みに来たんじゃ」
「引っ込めや」

 途端、池の端に陣取っていたレディースが俊敏に動く。総長代理の淳子を中心に、屯する構成員の間を乱暴に割って入るとその一団を取り囲んだ。

「あんたらあたいらの総長愚弄するたぁ良い度胸じゃん。どっから来た族なん?」
「覚悟は出来てるんだろうね」

「なんじゃい」
「バックに男が居ねぇと何もできねぇレディース如きに俺らに喧嘩吹っ掛ける度胸なんかあるんか?ぁあ」
「ヤレるもんならヤッてみぃや」

 一色触発の状況にハンドマイク片手の美代子は大袈裟に肩を落として、
「あぁあヤッてしまったよ。今、あたいを嘗めたら酷い目に遭うって忠告しようと思ってたのに」

 美代子は大塚と浩紀に顎をしゃくって合図を送る。
「しゃぁねぇ。一応三浦はナンバー2だかんよ」

 2人は一気にその一団に突進すると有無も言わせず袋にしてしまった。

 白目を剥いて地面に惨めに伸びる数人を見下ろして、
「けっ口の割にゃ歯応えの無ぇ奴らじゃ」と坪口がぺっと唾を吐く。
「こいつら目障りじゃ池にでも放り込んどけや」と浩紀。
 
 その悲惨な光景に構成員はビビりあがって声を失い単車のエンジン音を残して真夜中の公園はしんと静まり返る。

「忠告しとくよ。あたいの命令は総長の命令だから。だから特攻隊長も親衛隊長もあたいの命令には逆らえないの」

 固唾を飲んで自分を注視してくれる構成員たちに気を良くしたのか、
「どうしてだか理由知りたいでしょ」
「それは…」
「それはあたいが総長の彼女だからだぁよ」

 淳子と真理子はあっちゃーと顔を見合わせて、「美代子言ってしまったよ!」

 坪口と浩紀も、「三浦の野郎、調子に乗り過ぎじゃぁ」

「レディースのみんなには悪いけど総長には手を出さないでね」
「じゃぁあたいの彼氏のTBR総長を紹介するよ。断って置くけど総長は全く喋らないからあたいが代わりに総長の意志を代弁することになるかんね」

「康太待たせたな」「出番や」と坪口と浩紀。
 康太はポーズか、思いっきり背伸びするとベンチからムックリと立ち上がった。
「さすがに待ち草臥れたわ」

「康太、俺と浩が脇固めるけ、真ん中に立ってくれや」
「わかったわ」と康太。

 美代子のスカーフで顔半分を覆い、背に総長の金字の刺繍入りブラックの特攻服に両手を突っ込んで若干前屈みに歩く康太は約束した通り、カモフラージュすることなく左足を引きずった。

 総長の登場とともに月明りの空に右手を突き上げて気勢を上げたかった構成員の意気込みが一瞬にしてどよめきに変わった。

「おい見てみろよ総長ビッコ引いてるぜ」
「あれが俺らの総長か」
「もしかしてあんな総長にあの狂犬2人が頭上がらんのか」
「ウソやろ」

 坪口と浩紀はただ意味も無くニヤニヤと笑っている。まるで構成員たちの反応が分かっていたかのように。

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プロフィール

kusukuri

Author:kusukuri
ブログ書き綴って7年が過ぎました。近頃悟った様な気がします。人生これ全部“ブログネタ”だと。文章は芸術です。それを極められるなら、私は時間と努力を惜しみません。そして何年掛かっても、今、私の頭の中にあるもの、全部吐き出して形にしたいと願ってます。もし私が死んだら小説の中で永遠に生きていたいと馬鹿な妄想しながら書いてます。

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